やんなりソーダ

 

無気力が急襲する。じっと耐え、やばみを逃がす。

普通に出勤し、時世柄早帰りし、生活の何もなさにどうしようとなる。

景色の変化が欲しいと強く願っている。余計な不安を抱えず、電車に揺られたい。

部屋の中でも楽しめる筈なのだけど、急に来る何もなさに厭になりそうだ。

こうなると本も音楽もイマイチで、もう眠るしかない。

(何もせず眠れるだけまだ大丈夫なのかもしれない)

美術館に行き、作品をじっと眺める時間が欲しい。

時間はある筈なのに、こんなにも窮屈な残念な我が肉の身体。

部屋でネイキッドな自分とずっと向き合うのには結構飽きた。

暗いことは身内には吐き出しづらい。インターネットの海はこういう時便利だ。

こんなノリで廃棄物とかも流されてるのかね。臭いものには蓋を!

 

近くの店をささやかに支援するのが今の数少ない楽しめていることだ。

支援などとはおこがましく、むしろこちらが気持ち的にたいへん助けられている。

美味しいものの正しさは、揺るがない素晴らしさだ。

無理のない範囲で、諸々に気を付けて通うことができればいい。

どうか私の好きな店よ無くならないで。

 

 

BGM: 特になし

速い流れに追いつけないというか

あっという間に瀬ですね。寒いですのでご自愛を。

 

先週まで物凄く慌ただしかった筈なのに、気付けば年末の労働が軒並み中止となり。

急に宙ぶらりんにされて拍子抜けしている今です。

もう暫し仕事はあるのだけれど、だいぶポカンとしている。

 

やるべきことを片付けるのには丁度いいのかもしれない。

来年度の動きなんて更々分からぬので。

 

呑気にオルガンの鳴るレコードを流しながら、難しいことを考え過ぎぬように過ごす。

集中できず本が読めない最近だから、音やしゃべりに耳を澄ませるのは心地がいい。

 

斜め後ろ辺りにそれを感じながら、いいやまだ俺はと思いながら。

今年は特にそんな実感が強くなる年だった。

誰もが割とあっけなく居なくなる可能性が四方に散らかっているのは今も昔も変わらない筈なのに、気持ちの変化というやつなのかね。

日々が速過ぎて、どうにも追いつけず、気絶するように眠りまた朝。

 

呑気と陰気が行き来しており、そんなもんだと笑い飛ばしてやりたい。

 

 

BGM: EM SAMBA GOSTOSO / ED LINCOLN

デ・トックス

溜まった毒を吐き出す場としてのインターネットの海。

こうして海の環境はどんどんと悪化していくのです。

 

三連、とまではいかずとも休日で、けれども何かする気にもなれなくて、淡々と心を休める日にしている。

本当は仕事を片付けねばならず、ちょっとだけ取り掛かったものの気持ちの波に押し負けた。どうにかこうにか今日明日でやっつけるのだと思う。最低限でも大丈夫だと言い聞かせている。休日くらいは心の健康を優先したほうがいい。

 

休みたくなったり休みが続くとしんどくなったり、融通の利かぬ心臓を宥めるのは難しい。今は落語を聴いてケラケラしている。ばかのまま燃え尽きたいね。

 

 

BGM: 厩火事 / 桂阿か枝 [ABCラジオ日曜落語]

問答・ダンス・寒い部屋

 

今年も残り一月半だとか。目を瞑ったら年が明けているきっと。

 

訳もなく働いている。働き帰宅し飯を作る。飯を作るのが楽しみな最近。

作って自分で評価し、次にブラッシュアップさせていく連続。

結局何かしらを作ることが好きなんだと思う。

野菜が美味しい。

 

休日に不安感が出るのは、緩急があり過ぎるからなのだろうか。

その逆、明日よ迎えずこのままで、とも思っている。

矛盾した頭の中は大事な諸々に考えを巡らすことから逃げ、休日くらい何もさせないでくれと乞うているようである。

生来、そして仕事柄そうなのかもしれない。何年も自分より他人を考え過ぎた節がある。もう癖のようなものかもしれない。

 

とりあえず今はごはんを炊いている。食べて眠り、明日も血を送り出す。

 

BGM: ラジオ[ラジコプレミアムで知れた番組が多くてたのしい]

美味しいカレーが食べたいなってずっと思ってる

仕事と何もない日の緩急がね、すごくて。

労働時間を余裕で超過しつつ、追われて逃げるように休日に突入して、生活の最低限をこなしている。

食べることしか楽しくないぞ最近は!

 

出張先でいい店を見つけた。

 ベルギービールトルティージャが美味しく、また行きたい気がしている。

そこから勢いで別のカレーの店まで行ってしまった。

抑圧からの散財、恐ろしいからなるべく慎ましく生きたい。

けど美味かった。割といい夜だった。

 

沈むことが増えたのだけど、何やかやよかったと思える日を増やしていきたい。

誰が読んでいるかは知らないけれど、皆さんもどうか無理なく。

 

BGM: ラジオ

思うことを書く音

 

しんどいのを自分の中だけで充満させてるのって結構しんどいよね。

意欲や気持ちの上下がガクンと来ることが増えたので、適度にやばみを逃がさないとこれはまずいのかなと思っている。

通勤と勤務というのは案外正確なリズムを整えてくれていたのだと実感する。

在宅で籠ってウンウン唸っていると反動がすごい。

この先のチュートリアルを誰も教えてくれない(そもそも誰も知らない)から考えるしかなくて、備えよう備えようと画面とにらめっこし続けた結果、週末何もしたくなくなっている。一日中だめが全身を覆っている。

リモート某の存在しない世界線を生きているので、喋る作業が極端に減っているせいもある。思うことを口にするというのも、案外精神衛生に大きく貢献しているのかもしれない。だから今こうして思うことをカチカチしている。誰も見ていない掃き溜めはこういう時とても役に立つ。

世の人たちはどうやり過ごしたりやばみを逃がしたりしているのだろう。どこからどこまでが大丈夫のラインなんだろう。テレビ見て笑えてたら問題ねえか。

現状、暮らしに困窮している訳でもない、何か危機に瀕している訳でもない、とんだ平和ボケなんだろうな。てめえがてめえの面倒を見て頑張って慎ましく暮らせというので全てが完結できるアイデンティティのおはなし。またモヤモヤしたら書く。

 

BGM:  なし

美味しいカレーが食べたいなってずっと思ってる

色んな不安や不満やクソに苛まれながら生きているね。今は特に。

KIZU-FXXING-NA構文が蔓延しそうで、俺はゲーってなっている。

職場から明確なアレがナニされないまま、宙ぶらりんの籠城を続けている。

籠城を楽しいことと捉えて漫画や映画や小説をどんどん摂取できればよかったのに、あまり気持ちがそちらに向かないこともむかついている原因だろう。浮かない気持ちを、牛の歩みで日々散らしている。

そんなに、いや全然器用じゃあない。10年以上前から塵のような心持ちだ。

そんなもんだと割り切ったふりして全然割り切れてないのが、ここまで日々をぐずつかせている何よりの証拠だと思う。求めてばかりでままならないのが人生なんだろうね。

何はともあれ、俺が今頭で浮かべている皆が元気であればいい。

 

BGM:外から聞こえてくる電車の音